「簡単にできる」ことが示すもの
はじめに
この日記を書いている現在、ミラノ・コルティナ冬期オリンピックが行われている。オリンピックでの競技を見ていると、どの競技でも、特にトップの選手は、いろいろな競技を実に華麗にかつ「簡単そうに」こなしているのが印象的である。
それを見ていて、なぜかNHKのある番組を思い出した。
1.工場訪問の番組
土曜日のお昼時に、NHKで放送されている「探検ファクトリー」という番組を、ほぼ欠かさず見るようにしている。
この番組は、関西のお笑い芸人3人(中川家の2人とすっちー)が、全国各地の様々な工場を訪問し、訪問した工場が持っている様々な技術を紹介したり、モノ作りに対する取り組み姿勢やこだわりを紹介したりする、という番組である。
この番組では、様々な手法を使ってその工場の持っている技術等を紹介しているが、必ずといっていいほど行われるのは、お笑い芸人の一人が、工場の従業員や職人が行っている作業を、試しにやってみる、ということである。
こうした取り組みを行う目的はもちろん、各工場の技術の高さをわかりやすく伝えるためである。
ではなぜ、工場での作業の様子をそのまま見せるだけではダメなのか、と言えば、それは多くの場合に、「簡単そうに作業を行っている」ように見えてしまうからである。
そのため、訪問したお笑い芸人が代わりにやってみることで、その作業が大変であることを視聴者に伝える、という取り組みが必要になるのである。
この番組を見ているとよくわかるが、熟練した従業員や職人ほど、それぞれの作業を「苦も無く」「簡単そうに」行うものなのである。
2.「簡単に行う」ことの意味
まだ若かった頃、私は紹介を受けて、あるIT系の中小企業の社長と会い、自分自身のプレゼンテーションも含めて、様々な話をしていた。
その会社は、ある新技術を使ったITの新製品を開発中であり、その件で私にある仕事を打診していたのである。
私は、その新技術に大変感心し、ぜひお手伝いをさせてほしい、と自分を売り込んでいた。
すると、社長は、大きな仕事を依頼する前に、試しにと言っては申し訳ないが・・・と言って、ある簡単な仕事を私に打診してきた。
その仕事の内容は、私から見ればごく簡単なものだったので、私はこう言った。
「もちろんです。でも、これはとても簡単な仕事です。こんな仕事で『試しに・・・』ということになるのですか?」
すると、その社長は、このように言ったのである。
「私は、実はあなたがこの仕事を『簡単だ』というかどうかを見ていました。その点では合格です。あなたは、我が社が開発した技術を、『素晴らしい』を言ってくれました。でも、私からすれば、これは技術的にはとても簡単なことなんですよ。それと同じです」
私は、それを聞いて「なるほど」と思い、感心した。まだ若かった私には、その社長の一言はとても良いアドバイスになった。
それ以来、私はこの社長の言った「簡単にできること」を、他人の仕事についても見るようになったのである。
3.熟練すると、なぜ「簡単」に見えるのか
ではなぜ、熟練すると「簡単に行う」ことができるようになるのだろうか。
この問いに対して「科学的に回答する」ために必要な知識は、私にはない。
しかし、ある一つの作業に熟練すると、効果的・効率的に行うためには、何をすればいいのか、あるいは、何をしなければならないのか、ということが瞬時にわかるようになるものだ。
また、例えば一つの図面や写真などを見ても、熟練した人には、ポイントが瞬時にわかる。
医者からレントゲン写真などを見せられて、「ほら、ここに異常がある」と指摘されることがあるが、素人の私には少しもわからない。
詰め碁や詰め将棋をプロ棋士が見れば、瞬時に正解が導かれるが、素人には難解な問題に見えることも少なくない。
いずれのケースであっても、簡単にできるようになるためには、何かに熟練することが必要であり、それなりの時間と訓練が必要になることは間違いないのである。
最後に
「簡単にできること」は、その人がその技術に熟練していることを示す一つの“メルクマール”になる。
それは、私が会った社長から教えられたことであった。
その社長は、私がその仕事を「簡単だ」と言えるかどうかを見ていた、と言っていた。
それは、そのためには、時間と訓練が必要である、ということをよく理解している人だから言える言葉だ。
だからこそ、「簡単そうにできる」人の仕事には、価値があるのだ。
生成AIが物事を簡単にこなすようになる時代にあっても、人間には、人間の技術を理解し、評価しようとする姿勢や気持ちが残るはずである。
私は、そう思いたい。