t-yamaguchiの日記

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「ルールに従う」という覚悟――落合博光氏をめぐって

はじめに

前にも日記に書いたが、私は落合博光氏のファンであると同時に、さまざまな言動を見聞きして同氏を「研究」している。
「研究」といっても、著書を読んだり、YouTubeを見たりして、自分なりに「これが落合氏だよね」という点を見つけるのが趣味、という感じである。

その結果として、私が落合氏の最大の「特質」ではないかと考えることがある。
それは、「ルールを尊重し、受け入れる」ということである。

そして、その特質の結果として、同氏は大きなメリットを得ているとともに、少し残念とも言える結末を迎えた場面もあったのではないか、と考えている。

 

1.「ルールを尊重し、受け入れる」という意味

彼がルールを尊重し、受け入れるということの意味は、例えば以下のような例に見られる。
YouTubeなどで、落合氏に対してインタビュアーがさまざまな質問をするが、その中には次のようなものが含まれている。

セリーグにDH制が導入されることになりましたが、どう思いますか?」
「ポスティング制度を利用してメジャーリーグに行く選手をどう思いますか?」

こうした質問に対して、同氏は「DH制」や「ポスティングによるメジャーリーグ移籍」といった、制度そのものに対して賛否を述べることは、まずない。
例えばDH制については、セリーグで導入された背景は何なのか、それによって野球がどのように変わるのか、あるいは自分が監督だったらどうするか、といった点を語る。
スティング制度についても、「それは自分たちが獲得した権利だとは思わないでほしい」などと主張することはあるが、やはり制度そのものへの賛否は述べていない。

つまり同氏は、ルールが決定される過程にはそれなりの検討や配慮があるのだから、決定したルールについては尊重し、批判などはしない、という姿勢を一貫して取っているのである。
自身の契約交渉においても、その交渉過程では簡単には妥協しないが、いったん決まった契約については尊重し、従う、という姿勢なのである。

 

2.ルールを守ることで、自身を有利にする

落合氏の「ルールを尊重する」という姿勢は、彼のバッティングにもプラスに働いた。
ある元審判は、次のように語っている。

落合氏に対して、ピッチャーが投げたボールが際どいコースに決まることがある。
それに対して「ストライク」とコールしても、落合氏は決して抗議をすることがなかったという。
それは、ストライク・ボールの判定については審判に決定権があり、抗議しても覆らないことを、彼自身がよく理解していたからだ。

しかし、ただ一言、こう言う。
「ふーん。今日はそこまで(ストライクと)取るのだな」

そして、その日はそれ以降、同じコースにピッチャーが投げると、すべて打ちに行き、ファールにしたそうだ。
こうしたことが続くと、何が起きるのか。
審判たちは、落合氏に関しては、際どいコースを「ストライク」と取ることがなくなったという。

もちろん、落合氏が卓越した選球眼と、ファールにする技術を持っていたことが重要なポイントではある。
しかし彼は、「抗議をしない」という姿勢を貫くことで、自分自身を有利な立場へと導いた、と言うこともできるだろう。

 

3.ルールを尊重しすぎたことが、マイナスに見えたとき

「ルールを尊重し、受け入れる」という姿勢は、落合氏の場合、選手・監督時代を通じて信念のようなものであったと考えられる。
監督になってからも、彼は「契約書にそう書かれているから」としてチームの勝利だけに徹し、「グラウンドの外」のことには関わろうとしなかった。
その結果、「嫌われた監督」と言われるようになったが、その理由の一つとして、こうした姿勢があった可能性は否定できない。この点については、以前の日記にも書いた。

そしてさらに、私が落合氏に対して「ルールを超えて対応すべきだったかもしれない」と感じた出来事が一つだけある。
それは、落合氏が監督を退任し、チームのGM(ゼネラル・マネージャー)となった時代の、谷繁氏の監督採用と解任の件である。

落合氏によれば、谷繁選手の監督就任をチームのオーナーが検討していた際、選手兼任となることを踏まえ、「4年契約が必要だと思います」と進言し、実際に4年契約の監督としたという。
ところが、監督就任後も成績不振が続き、3年目も状況が好転しなかったため、オーナーが「シーズン途中で解任する」と言い出す事態となった。

落合氏は「契約があるのだから、4年間やらせるべきです」と主張したが、結局オーナーは譲らず、球団社長らを通じて谷繁監督はシーズン途中で解任されてしまった。
この件について落合氏は、「自分には選任・解任の権限はなかった」と説明している。

詳細は不明だが、4年契約であっても、中途解任が可能な条項が契約書に含まれていたのだろう。
そうであれば、落合氏としては、やはり「ルールを尊重した」ということになる。

しかし、4年契約として公表されていた以上、「なぜ任期の途中で突然解任されるのか」と世間が疑問に思ったのも不思議ではない。
実際、谷繁氏の解任問題は、落合氏が強権を振るったかのように受け止められてしまった。

私には詳しい事情はわからない。
ただ、契約期間が残っている谷繁監督を守り抜く姿勢を示し、それでもオーナーが解任を強行するのであれば、自身もGMを退任する――
そうした行動を取っていれば、世間の誤解を防ぎ、落合氏の評価はさらに高まったのではないか、と一ファンとして思ってしまう。

もっとも、監督時代の姿勢と同様に、ルールを超えて行動するということ自体が、落合氏には難しかったのだろう。
そう考えると、この一件もまた、やはり落合氏らしい行動だったと、再評価すべきなのかもしれない。

 

最後に

プロ野球界で生き抜くことが容易ではないことは、十分に理解できる。
その中で、落合氏はルールを遵守する姿勢を徹底し、それが彼にとってプラスにもマイナスにも働いてきたのだと思われる。
やはり、落合氏には「清濁併せ呑む」といった考え方や姿勢は似合わない。
愚直にルールを尊重し続ける――それが、落合氏の魅力の一つなのであろう。