t-yamaguchiの日記

書評や、気になったことをブログや日記に書きます。

「見る句」「見る歌」のままでいる私の話

はじめに

数年前のことになるが、台東区根岸にある子規庵を訪ねたことがある。
子規庵は、太平洋戦争で焼失した、かつての正岡子規の旧居を戦後に再建したものである。

内部を興味深く見学していた私に対して、庵の管理をされていると思われる方から、「俳句を詠まれるのですか?」と話しかけられた。

私は、「いいえ。私は俳句はやらないですね。」と答えた。

するとその方から、「そうですか。それは残念ですね。ぜひ一度、俳句に取り組んでみてください。」と言われた。

私は、「そうですね。そのうち取り組んでみたいと思います。ありがとうございます。」と答え、その場を後にした。

 

1.なぜ、私は俳句を詠まないのか

子規庵では、「私は俳句はやらない」と答えたが、実はその数年前から、テレビで俳句番組を見るようになり、俳句にはかなり興味を持っていた。子規庵を訪ねてみたのも、そのためだった。

さらにここ数年は、俳句だけでなく、NHKの短歌番組も録画をして、毎週見るようになった。

しかしそれでも、私は俳句だけでなく、短歌も詠まない。世間では、将棋を指さずに対局を見るだけの人を「見る将」と言うそうだが、私はさしずめ「見る句」「見る歌」ということになるだろうか。

私が俳句や短歌を詠まない理由は、大きく分けて3つある。

第一に、私はかなり“理屈っぽい”タイプの人間である、ということだ。「・・・の理由は3つある。第一は…」などと、考え方を整理して、論理的に述べるのを好む。言い換えれば、俳句や短歌のような感覚的・感情的な世界は、あまり得意ではない。

そもそも俳句に興味を持ったきっかけも、俳人・夏井いつきさんの、俳句に関する“ロジカルな説明”に感心したからだった。
おかげで、どんな俳句が良いのか、ということは理屈としてはかなり分かるようになった。
しかしそれでも、自分で俳句を詠む自信はない。

第二の理由としては、NHKの俳句・短歌番組で紹介される入選作を見ていて、「自分にはとてもこんな素敵な作品は作れない」と感じてしまうからである。
俳句や短歌は毎週何千句、何千首と投稿されるそうだが、その中の上位に入る句や歌は、さすがに素晴らしいものが多い。私は毎回、「こんな感性を持った人たちには、とても敵わないなあ」と思ってしまう。

そして最後の理由は、第二の理由とも関係しているが、小学生のころの記憶に由来している。

 

2.小学生のころの“詩”に関する記憶

私が小学二年生のときの担任の先生は、生徒に作文や詩を書かせ、それを文集にする授業をよく行っていた。
そのおかげで、私の作文力はかなり伸びたと思っており、今でも恩師だと感じている。

ある日の授業で、その先生は生徒に詩を書かせ、それを文集にして全員に配布した。私はその中のある一編の詩に目を奪われた。
それは、同級生の男の子が書いた詩であった。小学二年生の作品なので、内容は幼いものだったはずだが、当時の私にはとても素敵な詩に見えた。

そのとき私は、
「自分にはこんな詩は書けない。でも、こんな詩を書いてみたい」
と強く思った。

その後、また詩を書く授業があり、私はかなり露骨に、その友人の詩を真似た作品を書いてしまった。
すると母にすぐ見抜かれ、こう叱られた。

「これ、〇〇君の詩を真似したでしょ。そんなことをしてはいけません。」

その詩を書いた友人は、少し変わったタイプの子どもだった。
今思えば、学習障害とか、多動性障害のような子どもだったのかもしれない。
いずれにしても、当時から「常識的な思考」のタイプだった私には、とても真似ができない感性・感覚の持ち主だったように思う。
そして、この時のショックは、何となくだが今でも残っていて、私に俳句や短歌に取り組むことを躊躇させているのだと思う。

 

最後に

ここまで、私が詩歌に取り組まない理由について、あれこれと書いてきた。
とはいえ、もし何かを書くとしたら、俳句よりも、もう少し自由度の高い短歌のほうが合っているのかもしれない、とも思っている。

ただ、ここまで理屈っぽく考えてしまう自分が、そんな自由な世界に踏み出せるのかどうかは、正直なところ分からない。
だから今は、相変わらず「見る句」「見る歌」のままで、もうしばらく様子を見ていようと思っている。