なぜ私は、アリを飼っているのか――一匹のアリが私に残したもの
はじめに
私は、数年前からアリを飼育している。
ご存じのように、アリは集団で協力して生活をする昆虫である。働きアリたちが、エサを集めてきたり、子育てをしたりする様子が観察できて、たいへん面白い。
巣の中で、アリたちがくつろいでいる様子を見ているのは悪くない。
他の昆虫たちよりも、「生活を観察することができる」という点で、少し特別な存在だと思っている。
私がアリを飼育していることについて、「なんでアリを飼っているのですか?」と聞かれることは、実はあまり多くない。虫が嫌いな人が増え、虫を飼うという行為そのものに、違和感を持つ人が多くなったからかもしれない。
私がアリを飼うようになったきっかけは、テレビ番組で、アリ飼育用の巣を販売している人の話を見たことだった。「私も飼ってみたい」と思ったのが直接の理由だが、実はそのとき、もっと昔の記憶がふと蘇ったのである。
前々回の日記で、アゲハチョウの幼虫を飼っていた話を書いた。
だが、私が子どもの頃に飼っていたのは、アゲハチョウだけではなかった。
カブトムシ、クワガタ、カナブン。
水生昆虫では、ミズカマキリやゲンゴロウも飼っていた。
アリについていえば、「アリの巣観察セット」というものを手に入れた。両親に買ってもらったのか、あるいは学習雑誌の付録だったのかは、はっきり覚えていない。
縦長の箱で、四方が透明なプラスチックになっており、中に白い砂を入れて、そこにアリを入れると巣作りの様子が観察できる、というものだった。
私はそこに、近所で捕まえてきたアリを何匹か入れてみた。
ところが、しばらく見ていても、目に見える変化はほとんどなかった。
巣を掘る様子は見えず、飼育セットの中でただ動きまわるだけである。
「こんなものなのか」と思い、次第に興味を失ってしまった私は、やがてその飼育セットをほとんど見なくなってしまった。
それからしばらく経ったある日、母にこう言われた。
「アリの飼育セット、ちょっと見てごらんなさい」
すっかり忘れていた私は、言われるままにセットを覗き込んだ。
するとそこには、思いのほか立派な巣ができていたのである。
そして、その巣の中で、一匹のアリが死んでいた。
最初のうちは、アリを何匹か入れていたが、最後になって一匹だけ入れて、私はそのままにしてしまったようだ。そしてその一匹だけが、私の知らないところで、少しずつ巣を掘り続けていたらしい。
しかし、エサも水も十分に与えられないまま、力尽きてしまったのだろう。
私は、その光景を見て、強い申し訳なさを感じた。
自分がきちんと世話をしなかったから、このアリは死んでしまったのだ、と。
同時に、子ども心に、こんなことも思った。
――よく一匹で、ここまでの巣を作ったな。
その巣は、今思い返しても、なかなか見事なものだった。
そのときの光景と、胸に残った後ろめたさは、何十年たった今でも、なぜかはっきりと覚えている。
そして私は、数十年後になって、再びアリを飼い始めた。
おそらくあのときの記憶と、一匹のアリに対する申し訳なさが、どこかでずっと残っていたのだと思う。
終わりに
今回は、なぜ私がアリを飼うようになったのか、という話を書いてみた。
実のところ、アリにまつわる思い出は、まだいくつも残っている。
それらについては、これから少しずつ書いてみたいと思っている。